かぜのすけ のブログ

本「新・死ぬ瞬間」 エリザベス・キューブラー=ロス著

本「新・死ぬ瞬間」 
エリザベス・キューブラー=ロス著、秋山剛・早川東作訳、読売新聞社

新・死ぬ瞬間




1)書籍との出会い
2)目次
3)プロセス
4)著者
5)終わり
~~~~~



1)書籍との出会い 
 まず、どこで知ったのか忘れてしまっていたが、『死ぬ瞬間』がベストセラーになったとのことを知った。読んでいくにつれ、「大往生」永六輔著だったというのを思い出した。
翻訳されての言葉だと思ったが、どんなことを書いているのだろうか?そういった疑問があって、読もうと思って調べると書籍が色々あるらしい。
書籍の『死ぬ瞬間』の初版は1969年とあった。今年は2014年で、48年前となる。およそ半世紀前の書籍の内容は、今も尚、共通するところがあるだろうか・・・
そんなことを思って、図書館で借りるのに、なるべく新しい書籍を選ぼうとして、この『新・死ぬ瞬間』を読むことにした。

 『新・死ぬ瞬間』も日本で、30年前の1985年初版で、序章のところに、著者に訪ねた人が「死ぬ人や死について、どうして7冊も本が書けるの?」と言って、答えを待たずに帰ってしまった。」
 そして著者は、「妊娠・出産・主婦の栄養・新生児に母乳がよいか・受胎・胎児の発達そして、赤ん坊のこの世への誕生に関わるあらゆる問題についての本は、いったいいくつあると思っているのだろうか?と比較して考え込む。そして、確かに7冊書いた。死と直面した人間を研究にするにつれて、私は、生とその究極の謎を学んできた。このことは過去の思想家たちが、絵画や詩や彫刻や散文などを用いて表現してきた知と同じものなのかもしれない。彼らは、日々われわれにつきまとっているあるもの、われわれが嫌悪をこめて「死」と呼びならわしてきたものについての畏れ、謎、不思議を表現してきたのである。
 死を恐れたり、追い払おうとすることなく、死を「わかる」ことができた人びとは、われわれの「生」に関する教師になる。おとなよりはるかに深く死をわかっている子どもがたくさんいる。子どもがそのことを話しても、子どもにはわからないと子どもたちの考えを受け入れかもしれないが、何十年かたって、そのおとなたちが、気がつくだろう。あの年端のいかない子どもたちこそが賢明な教師だったのであったことに。」そして、「子どもが末期疾患でわずらっているとき、おとなと子どもはどう違うか?両親やスタッフが、病気が致命的であることを隠していても、迫りつつことに気がついているのか?子どもたちとの別れに直面している両親、祖父母、きょうだいをどう援助するのがよいのか?そして、何よりもどうしたら、もし何か方法があるなら、増加しつつある子どもの自殺、このもっとも痛ましい別離に歯止めをかけることができるのか?
 この本は、子どもに死なれる苦しみをへた両親の、一人、二人、時には三人もの子どもを失った母親や父親の、偉大な知がこの本を生み出した。
 そして、私にさまざまなことを教えてくれた人びととすべてに、この機会を借りて感謝したい。彼らは彼らの悲しみと心の痛み、彼らの成長、そして賢明さと英知をディスカッションや文通をとおして私に分け与えてくれた。
 私は読者のみなさんとこれらの死にゆく子どもたちの内なる知を分かち合いたい。」(本文より抜粋P10-12)
 と書かれていた。

 本の題名はインパクトがあったが、畏れをいだいている私にとっては、読んで何か知り得ることができるかもしれない、と読み進めることになった。実際、読んでいると読みながら、痛みを感じ、読むことをやめたり、そして再び手をとって読み進めるといった具合に、とても時間をかけて読むに至った。また、気がつけば涙が流れていたり、食い入るように読んでいることもあり、それでも最後まで読むことができるのだろうか、と思いながらも、読むことが出来たのである。


 
2)目次
序 私の感慨
第一章 近親を失った親たちへ
第二章 生のはじまり
第三章 突然の死
第四章 頭部外傷と昏睡
第五章 子どもたちに生への準備をさせる自然な方法
第六章 失うこと、それは成長と理解を促す触媒である
第七章 子どもたちの失踪・虐殺・自殺
第八章 補完的治療法ー視覚イメージ法など
第九章 子どもたちが感じる「死の予感」とそれを象徴することば
第十章 友だちとしてどう助けになれるか
第十一章 行(ゆ)かせること
第十二章 葬式
第十三章 子どもたちと死の霊的側面
第十四章 人びとが力を得られるところ(社会資源)ーいろいろなグループとサポート・システム(支持組織)


3)プロセス
 何をして、なにをしてはいけないということではないとは思うのだが、経験した遺族からの文書を読んで、印象に残ったことは、その時は痛みがあったり、辛かったり、悲しかったりとあるかもしれないが、その感じたことに付き合うことが、とても大切だと感じている。人が生を受け、いつかは死ぬ。一人の人の存在と、自分の存在の最後の別れの儀式は、双方大切なことだということだと、再確認をした感じだった。しかも、子どももおとな同様にそれは必要だということ、それは強制するのではなく、伝えることが大事だということ。隠してはいけない。

 本書には、子どもが致命的な病気である場合や不慮の事故や事件に巻き込まれた場合も、書かれていた。
 事故や事件の場合は、子どもの最期の別れや姿を見ることができない場合もある。 
 最後の別れや姿を見ることが出来たとできなかったは、残された家族の心の克服が随分違い、見ることが出来なかったことで、受け入れることが出来ずに、引きずってしまうとのことだった。
 また、病気である場合、本人に言わなくとも本人は知っていて、言葉を残したり、絵やなんらかの象徴的な形を残していることが多いらしい。それが後から分かったことを、著者に知らせた家族の手紙が載せてあった。

 言葉としては死と書いているのだが、私はやっぱり「大往生」ではないかと思うのです。この世ではお別れっていう意味で。この本にも、子どもが、天国でおじいちゃんに会ってくるね。いつか会おうね。とかの言葉を交わしていることも書かれていた。これを幼稚な発想と思う人もいるかもしれないが、私は思わない。


 まとめようとは思わないが、長い時間をかけて読んだが、良かったと思う。読むべくして読んだ気がする。
 
  
4)著者
 随分前の書籍なので、著者はまだご健在なのだろうか?と思い至り、調べると2004年に他界されていることがわかった。(1926~2004)
 読んだ後に、どんな人であったかをネットで見た。
 YouTube にも2011.7.18にアップされている。http://www.youtube.com/watch?v=Tp0eYiAOsZY
 医療現場にセンセーショナルを起こした著者とは知らずに読むに至ったが、個人的には初刊『死ぬ瞬間』『ライフレッスン』は読んでみたい気持ちになっている。



死ぬ瞬間―死にゆく人々との対話
ライフ・レッスン (角川文庫)



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by naizaisurupt | 2014-07-29 13:29 | [本]のお勧め紹介 | Comments(0)
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